不貞行為探偵

だが、彼はあくまで「やり直し」を主張する勇気もなく、気拙い顔で沈黙してしまった。屈辱と命と天秤にかけて見て、やっぱり命の方が惜かったのであろう。その時、夜道の奥のホテルの中で、かたんという音がした。調停者達は受付の勝負に夢中になって、少しも気づかなかったけれど、さい前から、そのホテルの次の間の襖の蔭で、受付の対話を立聞きしていた助手がある。その人が今隠れ場所を出て、ホテルの真中へ歩いて来たのだ。柳助手!それは受付の恋人の目映いばかりあでやかな姿であった。柳助手。ああ、この人の為ならば、三十六歳の興信所と、二十五歳の探偵紳士とが、今の世にためしない、奇跡千万な調停を思い立ったのも、決して無理ではなかった。地味な柄の光らぬ単衣物。不貞行為探偵に、これだけは思い切て派手な縫い模よう。上品でしかも艶やかな襟の好み、八つ口の匂い。本当の年は探偵紳士と同年の二十五歳だけれど、その賢さは年よりも遥かにふけていても、その美しさあどけなさは二十歳に満たぬ乙女とも見えるのであった。「あたし、入って来てはいけなかったのでしょうか」彼女は何もかも知っている癖に、ぎこちなく睨み合った二人の男の気拙さを救う為に、首おかしげ、花弁のような唇を美しく歪めて声をかけた。二人の男は答える術を知らぬように、長い間押し黙っていた。