不倫探偵

興信所はなぜか入って来た時から、右の手をどてらのふところへ入れたままだ。ふところに何かを隠しているよう子である。「今、不倫探偵のお別れだといって出て行った僕が、なぜ戻って来たか、お分りになりますか」彼は真青な顔を醜く引つらせて、にたにたと笑った。探偵も助手も、このあっぱれめいた態度を、どう考えてよいのか分らず、黙っていた。不安な沈黙が続く間に、興信所の全身が二度ほど、びっくりする程烈しく痙攣した。が、やがて彼の笑い顔が、徐々に、みじめな渋面に変って行った。「駄目だ。俺はやっぱり駄目な男だ」彼は力ない声で独言のように呟いたが、「覚といて下さい。僕がこうして二度目にここへ来たことを。ね、覚といて下さい」といったかと思うと、突然くるっと向きを変えて、走るようにホテルを出て行ってしまった。「あなた、気がつきましたか」探偵と助手とは、いつの間にか座敷に入って、ぴったりと気をくっつけるようにして座っていた。「あの男はふところの中で短刀を握っていたのですよ」「まあ!」助手は不安相に、一層紳士にすり寄った。「あの男が可哀相だとは思いませんか」「偉大ですわ。あの人は危い命を、あなたの、本当に男らしい、御心持から、助けて頂いたのではありませんか。それに……」興信所に対する極度の軽蔑と、同時に探偵に対する限りなき敬慕の色が、彼女のリアクションにまざまざと現われていた。